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旧東海道を歩く 大井川  19970502

蓬莱橋
M12(1879)建設
S38(1963)再建
H3(1991)修復
H19(2007)台風で一部崩壊
構造・長さ 木桁PC橋脚・897m

 大井川に架かる賃取橋。豪雨等の際に桁が流失してしまうことを前提にして、木材で軽微な桁を架けて橋を渡している。通行料(1人20円だったかな?バイクや自転車付きだともう少し掛かる。)は橋の補修に充てられる。最近も流失したが修復された。全国的に数少ない木造橋で、且つ長大であるため、時代劇の撮影などにしばしば用いられている。
 島田側から橋を渡るとすぐに牧ノ原台地へ上る坂道になる。茶畑の中をしばらく歩くと台地の上に出る。もともとはお茶の農家が畑に通うために作られたものらしい。

大井川橋
建設年 S3(1928)
構造・長さ S造・1026m

 戦前で最大級の道路用トラス橋。60m弱のスパンで17連、1000mを越える長大橋
 水色のトラスは明るいがいまひとつ歴史の重みを感じさせない。島田側から見たときに牧ノ原の緑の中にあって映える、という面はあるのだけれど、ちょっと子供っぽい色彩感覚のような気もする。ここはひとつ濃いグレーかなんかで鉄の重厚さを出すと渋いんじゃないかと思ったりするのだが。

 橋を歩いて渡るときにいつも思うのだが、車と徒歩では双方に固有の体験のあり方があるのだなと思えてくる。
 車でこの鉄骨の林の中を疾走していくのも一つの爽快感である。緩やかにカーブを描くトラス群をくぐっていくとき、そこには反復されるリズム感がある。桁のつなぎ目がガタンガタンというのも、昔の鉄道のレールの音にも似て心地よい。全ては車が前方に、人より遙かに高速に動くが故の体験。そういう意味では「橋」というものは高架橋の延長であってはならない。シークエンスを持った長いゲートとして、地理的、都市的なランドマークであって欲しいと思う。
 一方、徒歩の体験は、スピードからは離れ、場に応じたものになっている。即ち、橋という架構物の特性と深い関係がある。河川敷や川面よりも数m高いところにあり、私達は上から地面を見下ろすことができる。また周辺には視界を遮るものはない。パノラマの景色が広がる。そして前にも後ろにも道は一つ。直線的にパースのかかった道路景がパノラマの中に存在する。歩くときの橋の楽しさは、キョロキョロすること。途中で立ち止まって下を見たり、遠くを眺めたり。その意味でアルコーヴのある橋は面白い。でもここで見て下さいねー、というデザインの押し付けはキライな自分にも気付かされる。どうすれば自然に楽しめるのかな?こういう場合・・・。

07.8.12